日本戦後史

日本戦後史

(戦後史の正体 孫崎享、日本国紀 百田尚樹)

日本の戦後史は、「米国からの圧力」に対する2つの外交路線、追従路線と自主路線で動いている。米国の対日政策は、世界戦略の変化によって変わる。その時その時の情勢によって、将棋の歩、桂馬、銀、飛車になる。敵軍もソ連、アルカイダ、中国とさまざまに変化してきた。米国が日本をコマとして動かそうとしたとき、日本はどう対処すればいいのか。米国は「資源の持てる国」で、軍事、経済、人口で圧倒的に強い国である。

日本の戦前は、日露戦争後、第1次世界大戦時代の大正デモクラシーの時代を経て、1929年で米国世界恐慌により、世界のブロック経済化が始まった。資源の持てる国(米国、植民地を含む英国、仏国、ソ連)と持たざる国(独、伊、日本)の新植民地追及の戦争になる。日本は軍部が台頭し、朝鮮、満州、中国に資源を求めた。ところが中国は人口が多く、地大物博ではなく、資源は持たざる国で苦しんだ。一方、米国も中国に市場、植民地を求めており、日本と対立することになる。日米太平洋戦争になり、当然、日本は完膚なきまで敗けた。米国は核兵器を持つ軍事経済大国になった。日本は、国土は縮小され、米国の世界戦略のコマ、一部隊になったのだ。だたし、ラッキーだったのは、米国が民主主義国で人権主義の国であったことだ。

米国の戦後対日方針

①1945年終戦直後、マッカーサーによる日本経済弱体化、軍備放棄無害化政策および民主主義の普及

②1950年共産主義ソ連と冷戦がはじまり、日本はソ連との戦争の防波堤となった。1955年保守合同で自民党ができ、55年体制・安保体制が始まった。

③1960年所得倍増計画が出来て、日本は1968年GNP世界第2位の経済大国になった。米国は貿易赤字で敵視政策を始める。1985年プラザ合意による円高、半導体協定によりバブル崩壊、1988年銀行のBIS規制による金融体制の崩壊が始まる。

④1990年ソ連崩壊で冷戦終結、米国にとって日本はふたたび最大の脅威になる。そして米国は唯一の軍事、経済の超大国になった。

⑤2008年リーマンショック(債務破綻と景気後退)で、世界中で紙幣大増刷・信用創造(中央銀行バブル、国家管理相場)が行われた。戦争と革命(富の再配分)の時代になった。共産中国は2000年にIMFに加入し、輸出が伸び、経済、軍事大国になった。2012年、習近平により、太平洋2分割政策が提案された。米中冷戦が始まった。習近平は2022年異例の3期目の国家主席を狙い、台湾武力侵攻共産化を目指している。2022年ロシアのプーチンにより、ウクライナ侵略戦争が始まった。プーチンが負けたらどうなるか。ギャンブルのかけのベットを上げるだろう。日本は安全保障体制(憲法改正と防衛力増強)を充実し、戦争と革命の時代に、戦争抑止力をつけねばならない。