沈黙の強さ

沈黙の強さ

(芸人・作家 太田光)

向田邦子が飛行機事故で亡くなって、今年で40年たった。

向田邦子は沈黙の作家だ。肝心なことはしゃべらない。本当の思いを隠してしまう。その沈黙は強さである。今の政治やSNSは言葉と言葉の戦い。全部、言葉にしないと気が済まないというのに。

向田邦子はリアリストだった。当時は全共闘運動真っ盛り。そういう理想主義やイデオロギーはダサいという目線があったような気がする。そんなことではモノを作れないじゃないかと。どれだけ立派なことを言おうと、どれだけ悲しもうと、人はおなかが減る。そのリアリティーに目をつけて、作品にするところに向田さんの強さがある。悲しくても食べていかねばいけない。自分はコントでもなんでも書く職業作家なんだという覚悟を感じる。

今年の東京オリンピック開催前の日本で、五輪どころじゃないと言う人と、それでもやると言う人。日本人というのは常にこういうことでもめていて、でも先に進まなければいけない。向田さんには思想はなくて、右往左往する人間をただ観察し、どっちの気持ちも冷静に見て、面白いなあと楽しんでしまう。だから向田さんが考えていることは相当、不謹慎だ。でもそれをきちんとエンターテインメントにしてしまうところに向田邦子のすごさがある。