お金10倍の法則

お金10倍の法則

(富の未来図 ベ・ドンチョル、チェ・ユンシク、わかりやすい投資講座 細野真宏)

「借金による成長」というリスキーな「お金活用術」について、実態1で生きてゆく現金主義ではなく、借金活用による成長で、10倍、100倍、10%、10年など10という数字が歴史的に活用されてきた。

1.自分の未来のお金=借金が発明されてバブル崩壊の歴史(富の未来図より)

①17世紀、イギリスでは、ターリースティックという棒を税金徴収前に発行した。そして、金の裏づけも作った。金貨製造業者は、一般人の金貨も保管していたが、一斉に引き出されることはないと考え、金貨裏づけのある小切手を利子付きで貸し出し、金貸し金融業をした。貸出額が異常に大きくなった時点で、小切手と金貨が交換できなくなり、破産した。しかし、政府にとっても、市民にとっても、これ以上簡単にお金を入手する方法がなかったため、その後もこの借金システムは存在し続けた。

②18世紀、フランスのルイ15世の摂政をしていたオルレアン候とジョン・ローは紙の紙幣を発行した。1716年、中央銀行を作り、税金の10倍にあたるお金を発行・流通させた。これが、「10%の準備預金制度」だ。さらに、中央銀行は国債を買い入れ、国債担保の銀行券を10倍にして市場に流した。銀行券が増えすぎ、金交換ができなくなり、金融バブルははじけた。

③1913年、アメリカでは、中央銀行がないので、連邦準備(金)制度理事会FRBができた。アメリカの金融政策を決定し、ドルを発行している。FRBは中央銀行ではなく、一私企業である。FRBは保有する金と国債の10倍にあたる銀行券を発行して、商業銀行に貸し出した。商業銀行が10倍にあたるお金を市中に流通させた。国家の持っているお金と国債の100倍の通貨が市場を流れ、信用膨張(借金)がおきた。結局、FRBが生まれて17年後の1929年、株式、不動産、債権市場でバブルが崩壊し、金融大恐慌が起きた。1933年ドルと金の交換を禁止した。戦後1944年、ブレストンウッズで、金1オンス35ドルで固定した。しかし、1971年、ニクソン大統領は金兌換を停止した。そして、1990年後半のITバブル、2008年の金融恐慌が起きた。2008年の金融恐慌を抜け出すため、アメリカも欧州も中国も日本も紙幣を異常に印刷して、小康状態を保っている。

④金融危機の歴史を見ると、次第に発生の周期が狭まり、その衝撃が大きくなっている。今後の20年で、すなわち2030年以内(あと12年)に、借金中毒の経済システムから抜け出せず、更に大きい、周期が短く何回も、多様な金融危機が押し寄せだろう。

2.株式投資(わかりやすい投資講座より)

①東証1部上場企業1700社から選ぶ

②HPから配当金を見る

③株式投資配当金(直接金融)と預貯金利子(間接金融)は100倍差がある。株式投資の方が100倍多い

④株価の定価はPBR(株価/純資産倍率)を見て、株価=純資産=1の時が定価である

⑤株価の価値はPER(株価/利益率)を見て、PER=10(10年で倍増する)なら、穏当である。株式は中長期・分散投資が普通である